プロフィール

ライヴマスター

  • Author:ライヴマスター
  • とりあえず、ライヴドアの馬鹿げた三流規約が嫌になったので、引っ越してきました。何かございましたらlive_master@hotmail.comまでメールを下さい。もれなく管理人が喜びます。






カレンダー

04 | 2012/05 | 06
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

最近の記事

カテゴリー

月別アーカイブ

最近のコメント

最近のトラックバック

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

フリーエリア

リンク

このブログをリンクに追加する

ブログ内検索

RSSフィード

ランキング

人気blogランキングへ

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター

QRコード

QRコード

ライヴマスターのスポーツ倉庫盤2
多分ですね、スポーツ好きという括りでは収まらないんじゃないでしょうか・・・
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消せます。
中村寅吉氏が死去
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080211-00000077-jij-spo

中村寅吉氏が死去したらしい。享年 92。

形は違えども、過去ゴルフというスポーツに関ったものとして
とても襟を正さずにはいられません。

謹んでご冥福をお祈りいたします。

うそで塗り固めた報道体制
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061105-00000401-yom-ent

スポーツを冒涜するな。

一度も首位に立っていない宮里藍を録画放送であたかも首位にたったように「みせかけて」放送。

それをつつかれて、エンターテイメントを重視???
何がエンタテインメントだ。かたはらいたい。

こんなものは「マスコミ」とは呼べない。
最悪の放送局!!


もうちょっと報道に対する見識を持っていただきたい。

繰り返す、スポーツを冒涜するな。


マスコミは本当にマス「ゴミ」なのか?

いい加減にしろ。

歴史は継承された 全英オープン
第134回全英オープンはタイガーウッズが優勝した。

2位のモンゴメリが9アンダーで、タイガーが14アンダー。
まさに圧倒的であった。

これで4大メジャーすべてを2回以上優勝するという
ダブルグランドスラムの達成である(通算10勝目)。
これは二クラウスが達成した年齢よりも2歳若いという事である。

2005年はマスターズ優勝、全米2位、全英優勝。

今年はタイガー復活の年でもあった。確かに「完璧に強いタイガー」
ではない、しかし、他の選手とは違う「強さ」が彼にはある。
まるで2年前からメジャーで勝てなかった為に、限界とまで言われた漢はここにはいない。それどころかそこでの経験が今の復活につながっているのではないかと思えるぐらいである。それぐらい落ち着いていたし、「スキ」もなかった。そして1日目午後スタートでいい状態でプレーが出来たことをはじめ(午前組は天候などの影響でスコアが伸びなかった)、彼がプレーする時だけ好転といった「運」も味方にした。


そして、二クラウスがメジャー引退した大会は100%タイガーが
優勝をした。世代交代の印象的なシーンでもある。
現在タイガーを脅かす選手のいない今、間違いなくこれを継承していくのは彼だろう。

歴史はこうしてまた紡がれて続いていく。

帝王と呼ばれる存在は彼一人。
ジャック・二クラウスが2005年全英オープン二日目で予選落ちしついに
全てのメジャー大会から引退した。

二日間でトータル+3。カットラインに2打及ばなかったものの、
これは丸山茂樹選手よりもいいスコアである。単純比較できないのが、
ゴルフという競技スポーツなのであるが、それでも現役の選手に負けないスコアを65歳でも出せるのである。

アーノルド・パーマーに続きまた一人偉大な選手がまた表舞台から去った。

私が彼を知ったのは小学校の時だ。そして認識したのは1980年の青木功との全米オープンでの死闘だった。中学しか出ていないけれど世界に出て行った日本人がすごい大会で世界最強のプレイヤーと優勝を争うというシーンに不思議なものを感じたのだ。バルタスロールの死闘と呼ばれるあの戦いで惜しくも2位になってしまった青木もそうだが、威風堂々とした二クラウスのその姿には圧倒的な(オーラと言ってもいいかもしれないが)ものを感じ、強く認識した。

あれから、25年。とうとうこの日を迎えてしまった。

実はセント・アンドリュースで行われる全英オープンは来年の予定だった。だが、ジャックの引退の意向なども考慮し、彼への手向けとしてセント・アンドリュースでの花道が1年早く用意された。

そして、二日間のすばらしいプレーと最終ホールのバーディーで「歴史」に幕を閉じる。その堂々かつ(しかも彼自身も)感極まる姿とプレーには誰もが目を離さずにはいられなかった。

ちなみに最後に一緒に回ったトム・ワトソンは私自身はありえないと思うが「新帝王」とも呼ばれた。そのワトソンは「露払い」としては充分に役目は果たした。

そしていつか、タイガーウッズという大きな存在は彼の記録を塗り替えていくだろう。この全英に優勝すれば、もうすでにダブルグランドスラムになるのであるのだから。その台風のような強さはいつか「覇王」と呼ばれるのかもしれない。記録は塗り替えられるものである。
しかし、その紙の色からゴールデン・ベアとも呼ばれ、振る舞い・仕種などを含めて真に「帝王」と呼ばれるべき「存在」は彼一人だけである。未来永劫。メジャー18勝とかサム・スニードに次ぐツアー73勝とか、圧倒的な強さであってもそんな記録「だけ」で帝王と呼ばれただけではない。

こんな選手は現在どこにも存在しない事が皆にもよくわかったはずだ。

ありふれた言葉ではあるが、ここで「歴史」は終わり、彼の逸話は「神話」へと昇華した。しかし、彼はまだ走る事はやめない。
今までもあったように青木功達とともに、これからもシニアツアーという舞台でまだ死闘は続く。まだ終わる訳ではない。

しかし、私も競技ゴルフではないにしろ、ゴルフというスポーツに間接的にでも関わったもの(今は違うが)として万感の思いを込めてこう言いたい。
いやきっと世界中の彼のプレーに魅了された人はこう言うだろう。

Thanks,Jack!
一つの時代の終焉は全ての終焉ではない タイガーとデュバル
男子ゴルフの最新世界ランキングが6日発表され、ヴィジェイ・シンが「ついに」1位に浮上し、1999年8月8日から264週連続でランキングトップを守ってきたタイガー・ウッズがトップより陥落した。その前の最長記録グレッグ・ノーマンの記録をほんの数週上回ったことは、何の慰めにもならないだろう。

しかも、このトーナメントでシンは優勝しての逆転である。彼の練習熱心、ゴルフに打ち込む姿も含め、もはや文句の付けようのないランキングの逆転劇である。

これはあるひとつの時代の終焉である。
そう、タイガー最強の時代の。

しかし、彼はまだ終わらないだろう。群雄割拠の時代の中で、輝きを取り戻す力があると思うからだ。選手としての力はまだまだTOP選手だと思う(ただ、彼は他人の意見をもうちょっと聞いたほうがいいが)。

まぁ、タイガー時代はタイガーバブル、とも言うべき現状だったのではなかろうか。あらゆる記録を次々と塗り替えた。
思えば、あのときが強すぎた。だから、今は勝てない=弱いという思考になりがちである。ただ、それは性急な意見だと思う。

彼が勝てなくなった、というよりも、やはりクラブなどの急激な進化がタイガーと他の選手とのアドバンテージを無くしてしまったのが最大の要因だと思う。ここ数年のクラブが私が見ても、全然変わってしまっている。(タイガーはナイキを選択した時から、おかしくなってしまっている。また、タイトリストを使用していた時代はあれだけ時代と逆行したクラブで圧倒的なアドバンテージがあった)

そうすると、彼の時代が復活することは、まだ先なのかもしれない。
しかし、ある地点の過渡期は終焉とはならない。

そして、この大会にもうひとつトピックスがある。
これは絶対に外せない話題だ。

このランキング交代が行われたドイツバンクUS選手権。デビッド・デュバルが今季初の予選通過を果たし、5アンダー13位タイで終えた。この13位タイの賞金$93,750(約1,030万円)は、去年獲得した賞金総額を上回るものである。

タイガーと双璧をなした時代をつくった元ランキング1位。メジャーではなかなか勝てなかったものの(勝利してます)アメリカのツアーでは圧倒的な強さであった。そのプレーは精密機械そのもの。プレーに派手さはないものの、強い、と言わしめるものがあった。

そう、彼も時代を創った男の一人である。

しかしその後、彼は一言で言えば精神的な「もの」で悩み、苦悩し、無気力になり何も信じられなくなってしまった。それは彼からゴルフという競技を奪い去ってしまう。その結果、トーナメント上位はあろか予選さえ通らなくなってしまった選手である。

その彼が、ようやく一筋の光を見つけ、それはわずかではあるかもしれないが、長い長いトンネルの出口を見つけようとしている。

・・・今書いていて、気づいた。
デュバルは時代を取り戻したいのではない。彼がこれを通じて感じている、レーゾンデートル、彼が彼である為の「存在意義」なのだ、と。

ゴルフには数々のそうした苦難の末に復活劇がある。彼にもいつかきっとそれが当てはまるのだ、と願ってやまない。そう、それはもうすぐなのだ、と信じて。

時としてゴルフは人生になぞらえるものである。
そう、少なくても彼らはまだ終わらない。

彼らが彼らであるために。

テーマ:ゴルフ - ジャンル:スポーツ

青木功 ゴルフ殿堂入り
プロゴルファーの青木功氏が世界ゴルフ殿堂入りが決まった。昨年の樋口久子(彼女は日本人で唯一のメジャー優勝者でもある)さんに続いてである。
 ちなみに、選考条件であるが、40歳以上でUSPGAツアー通算10勝以上、又はメジャー2勝以上している選手。他にインターナショナル部門、LPGA部門など6つの部門から、選考委員の投票によって選出される。選考委員全体の65%以上の票を得ると殿堂入りとなる。今回の青木選手の場合は、インターナショナル部門からである。正直、選ばれた人達は「世界のゴルフ史」に名を刻むそうそうたるメンバーばかりである。

一番好きなプロゴルファーと聞かれたら、私は真っ先にこの人の名前が挙がるぐらい今も好きな選手である。

この人ほど、世界の●●というフレーズが名ばかりでなく、実績を伴った日本人はいない。ヨーロッパ・アメリカ・オーストラリア・日本のツアー全てで優勝したプロゴルファーは世界中で彼を含めて5人程しかいない(アメリカシニア・日本シニアを含めると実に6ツアーでの優勝をしている)。

1980年の帝王ジャック・二クラウスとのバルタスロールの死闘は今も語り草になっているし、その当時、帝王やトレビノをして「100ヤードを打たせたら世界一」と言わしめた絶妙のアプローチやトップを少し上げ、カツンと打つ独特のパッティングは欧米のプレイヤーをして「オリエンタルマジック」(それぐらいパット凄かったです)と言われた選手である。また、彼の人なつっこい性格から外国人から「アオキ」ではなく「エーオキ」「エイオキ」などと呼ばれアメリカでも親しまれた。
 1983年のハワイアンオープン最終日最終ホールの残り110ヤード強(!)からのチップインイーグルでの逆転優勝(日本人がアメリカツツアーで初めて優勝した劇的な瞬間であった)は今見てもすごい。

現在では丸山茂樹選手や田中秀道選手を初めとしてアメリカでじっくりプレーをする選手は多いが、1970年代から彼は「海を渡った」パイオニアである。あの当時、アメリカに乗り込んでいく選手はほぼいなかった。
 そうやって実績を作ってきたからこそ、50歳になって日本シニアではなく自然にアメリカのシニアに挑戦したのである(その当時はアメリカレギュラーツアーと並ぶほどの賞金と人気で日本のツアー上位ぐらいの賞金は稼いでいた)。逆に日本のシニアツアー終盤で行われる日本シニアオープンにはふらっと帰ってきて、3連勝するぐらい国内には敵はいなかったのだからその技術たるや他を寄せ付けなかった。

そして、今尚その挑戦は続いている。

もちろん、国内レギュラーツアーにはジャンボ尾崎という輝かしい選手がいる。青木選手よりも優勝回数ははるかに多く、確かに「強い」選手だと思う。しかし、それは国内での成績である(もちろん国内を否定はしない)。

 安定よりも挑戦。より高いレベルを求めて、世界という舞台でずっと戦ってきたのは間違いなく「青木功」なのである。
そういう意味でも、今回選ばれた事は1ファンとして本当に嬉しい出来事である。


ミケルソン、悲願のメジャー初制覇!
マスターズにおいてミケルソンが悲願のメジャー初制覇した。
 なんという大会であっただろう。パーマーがこの大会を引退する中、メジャー「無冠の帝王」だったフィル・ミケルソンが”ついについに”初優勝した。
 ツアー22勝もメジャー47戦全敗、マスターズも5年連続トップ10以内かつ3年連続3位・・・常に優勝候補に上げられ、いつ勝ってもおかしくないと言われていた選手である。
 初めてメジャー最終日最終組で廻る(意外)ミケルソンは-6でスタート。オーガスタの気まぐれなのか、ランガー、ヴィジェイ・シン、エルス、崔京周などがスコアを伸ばして猛追していく中、エルスにも抜かれ、中盤は我慢のゴルフが続いたミケルソン。 
 先にイーグル2つで急浮上したアーニーエルスが-8に(そのままホールアウト)対し、ミケルソンは16番の素晴らしいバーディーで並び、最終ホールバーディーで初優勝した。1998年のマークオメーラ以来の最終ホールバーディーでの優勝(史上6度目)。非常に感動的な大会となった。

[READ MORE...]
Thanx,"greatest"Arnold
今年もマスターズの季節がやってきた。全英は「THE Open」というぐらい格式の高い大会だと思いますが、毎年同じコースで世界最高のプレイヤーが集うこの大会はやはり毎年目が話せない戦いである。

そして、今年、50年連続出場というアーノルド・パーマーが今年を持ってこの大会からも引退する・・・。

[READ MORE...]